食事とワインの相性、企業と人の相性
私は料理系のマンガが好きで、歯磨きをする時とか、寝る前にリラックスをしたい時とか、そんなちょっとした時に手に取って読んでいます。中でも最近はワインを題材にしたマンガを読んでいて、純粋にワインを知りたいという気持ちのほかに、自分の仕事に通じるものがあるなと思って読んでいます。
私ども人材紹介会社は、たくさんの企業をクライアントとして抱えています。昔から付き合いのある会社もあれば、最近お取引を始めた会社もあります。SIer、コンサルティングファーム、Web系ベンチャー、事業会社などその種類も様々で、お堅い企業もあればイケイケな企業もあります。
そして、転職を希望されている方(以下、転職希望者)のご希望を伺い、一つ一つ性格の異なる企業の中から、これなら合うなと思うところを考えてご提案差し上げます。
一方、ワインにも、老舗のワイナリーもあれば最近出てきたワイナリーもあります。原料は同じ葡萄であるにもかかわらず、どっしりとした味わいのものもあれば、軽くさらっと飲めるものもあります。
そして、ソムリエがお客様のご希望を伺い、一つ一つ性格の異なるワインの中からこれなら合うなと思うものを取り出し、お客様にお勧めします。
このように、人材紹介とソムリエの仕事は結構似ているのです。
さて、ワインの選定において難しいのは、料理との相性です。同じ料理でも、あっさりめの味であればあっさりめのワインが合いますし、どっしりとした濃い味であれば重めのワインが合います。如何にワインが美味しくても、それに合わせる料理との相性が良くなければ、せっかくの美味しいワインも魅力が半減してしまいますし、料理も美味しく味わうことができなくなります。
実はこの点でも、人材紹介とソムリエの仕事は類似するところがあります。転職希望者の経験が料理で、企業が料理に合わせるワインのようなものです。相性が良ければ良いのですが、合わなければ、如何に転職希望者が良い経験を積んでいて、ご提案する企業が魅力的であっても、お互いの良いところを損ねてしまいます。
これは本当に難しい問題です。なぜなら、一般的には相性の良い組み合わせと言われているものの、実際に個々を合わせてみると相性が合っていなかった、ということがあるからです。
綺麗な組み合わせ=マリアージュではない
ここで、そのマンガのエピソードを一つご紹介します。
とある評判の高かったレストランの話。ある評論家の酷評をきっかけに、人気がなくなってしまいます。シェフは失意のどん底。そこに主人公が偶然あらわれ、なぜ評論家に酷評されたのかを解き明かしていきます。
まずは原因究明のために、レストランが評論家に出した料理を食べ、ワインを飲みます。料理は美味しく、ワインも美味しいのですが、組み合わせてみる両方とも美味しくない。料理もワインも、それぞれこだわりを感じる良いものなのですが、両者が合わさるとお互いに喧嘩をしてしまっていたのです。
料理は生牡蠣、ワインはシャブリという種類のもので、一般的には相性の良い組み合わせと言われています。
しかし、とびきり新鮮な生牡蠣に知名度の高いシャブリを合わせているのに、生牡蠣の生臭さが増してしまい、ワインも味がぼやけてしまって、本来の美味しさを感じることができませんでした。
そこで主人公は思い出します。
主人公の父親は世界的にも有名なワイン評論家なのですが、その父親があるとき、生牡蠣がレストランより出されたときに、高くて有名なシャブリではなく、安いシャブリが欲しいと言ったのです。
それを思い出した主人公は、生牡蠣に合うワインを見つけ出します。それは、決して有名ではなく、高価でもないものの、葡萄の育った土壌が生牡蠣と相性が良いシャブリでした。
それを発見した主人公はこう言います。
「この2つの”マリアージュ”には俺は『懐かしさ』を感じる。そう、ちょうど故郷に帰って幼なじみと結婚するような、そんな感じだ」
と。
マリアージュを実現するために
転職希望者と企業との相性も、同じことが言えます。
転職希望者が持つ経験(料理)は、いろいろな企業(ワイン)と合わせることができます。この料理に合うワインはこれ、という組み合わせがあるように、この経験ならこの種類の企業、というセオリーはあります。実際、転職エージェントの中には、どれも似たようなものだからどれでもいいでしょ、と考えて適当に提案するところも少なくありません。
でも、そのようなご提案は、うまくいけばマリアージュしますが、偶然の要素が多分にあります。企業もひとつひとつ個性があり、一般的には妥当な組み合わせであっても、合わせてみると実は違った、ということは少なくありません。
もちろん、ワインにおけるテイスティングと同じように、面接という場でマリアージュを確認します。それである程度のマッチングの精度を保つことができるでしょう。ただ、全てテイスティングするわけにはいきませんし、ワインが飲み始めと飲み終わりで味が異なるように、テイスティングの最初の一口だけでは分からないこともたくさんあります。
そのため、弊社では以下のような努力をして、飲みはじめ(入社前)だけでなく、時間が経ってから(入社後)も楽しめるような、そんなマリアージュを実現しようとしています。
作り手を知る:企業の歴史を知る
ワインでは、どのような作り手がワインを作っているのかを調べることがあります。
どのような人が、どのような思いを持って作り始め、どのようなところにこだわりを持って作っているのか。それにより、どのような性格のワインになるのかを想像し、美味しいワインが作れるかどうかをある程度判断することができるからです。
思いがあれば美味しいワインである可能性が高いですし、適当に作っていたらそれほど美味しくないワインである可能性が高いです。
私どもも、ある企業がクライアントになる時には、どのような方がその会社を創業したのか、どのような思いを持っていたのか、いまどのようなこだわりを持って事業を続けているのかを確認します。何らかのポリシーを持った企業は良い企業であることが多いですし、こだわりがなく金儲けばかり考えている企業は良くない企業であることが多いです。
飲む:企業を訪問する
前述のマンガでも、「ワインは飲まないとわからない」という言葉が何度か出てきます。
マンガを読んでいても、なんとなくこのワインは美味しそうだなーというのは分かるのですが、実際に飲んでみないと味はさっぱり分かりません。逆に、実際に飲んでみたら、こういう味だったのかと一発で分かります。
いくらたくさんの情報を知識として蓄えていても、その本質は触れてみないと分かりません。特に、感覚的なもの、言葉にならないものは、触れてみて初めて個々の違いが分かるものです。
企業も同じで、その企業を訪問してみないとどういう企業かは分かりません。もちろん時間は有限ですので、全ての企業を訪問することは難しいですが、できるだけ足を運び(いまはWebでの打ち合わせになっていますが)、会社の佇まいや受付の感じ、社内に入ってからの雰囲気、人事や現場の方の話し方や考え方などから、どのような企業なのかを掴むようにしています。大抵、似たような企業は他にも存在しますが、その企業の特徴は何かを掴み、転職希望者に他との違いを出来るだけ伝えられるようにしています。
飲み続ける:企業の実態を知る
ワインは、時間が経つと味わいが変わってきます。最初に口に入れたときは、苦かったりすっぱかったりといった「閉じた」状態であっても、時間を置くと美味しくなったりします。逆に、ひとくちめは美味しく思えても、時間が経つと急に味が落ちてきてしまうものもあります。もちろん、ほとんど味わいが変わらないものもあります。
これは企業も同じです。その企業を訪問した時に感じたことがひとくちめのようなもので、その時点では企業の本当の姿は分かりません。その後の打ち合わせや面接プロセスが進んだ時の日々のやり取りなどを通じてだんだん分かってきますし、その会社の社員の方からキャリアの相談を受けたときに分かったりもします。
また、どなたかがその会社に入社したときに、その方から実情を聞くのが一番信頼ができますので、私どもは、過去にご支援をさせて頂いた方々と連絡を取り、その後はどうか、その企業は事前のイメージと比べてどうだったか、というのをお聞きするようにしています。
もちろん、凄く良かった、という声もあれば、思ったより良くなかった、という話もあります。ワインでも劣化ワインがあるように、ある一定のエラーはやはり発生してしまいます。思ったより良くなかった、という話をお聞きするときは、本当に胸が痛みます。
ただ、そこに目を背けてしまうとその企業の実態が分からず、同じ過ちを繰り返してしまいますので、現実として受け止めるようにしていますし、ある人にとってはネガティブな話であっても、他の人にとってはポジティブな話であることもあります。
事実は人によって受け取り方が異なりますので、事実をもとに、この方ならこの企業は合っている、この企業は合っていない、という判断をするようにしています。
私どものHPには、「転職者たちの今」というページがあります。
https://www.liber.co.jp/success-story/
これは、過去に弊社より転職支援をさせて頂いた方々が、その後、どのようなキャリアを歩んでおられるのかを追った記事になります。この記事は、転職後のキャリアがどうなるのか?というのを転職希望者に転職前に知って頂きたいという思いで作っているのですが、このインタビューを通じて、私ども自身も企業の実態を知っていこうとしている取り組みの一つでもあります。
一緒にマリアージュを見つけましょう
もちろん、マリアージュを見つけるにあたり、飲み手が知識を持っているのに越したことはありません。飲み手とソムリエが協力すれば、よりよいマリアージュを実現することができます。
そのため、転職希望者の方にも、以下の3つをご自身でしていただくことをお勧めしています。
- 企業の歴史を知ること(企業調査)
- 企業を訪問すること(面接)
- 企業の実態を知ること(口コミなど)
私どもも、企業ソムリエとしての知識を余すところなくお伝えしますので、転職希望者の方と協力して、キャリアのマリアージュを実現していければと思っています。
最後に、マリアージュにおいて大事なことを改めてお伝えします。それは、綺麗な組み合わせが必ずしも良い組み合わせとは限らないということです。
転職活動においては、理想や憧れといった要素が含まれることが多いのですが、超高級ワインであるロマネ・コンティが全ての料理に合うかというと、全くそんなことはありません。
前述のマンガのエピソードの通り、マリアージュは高い・安い、有名・無名の問題ではなく、相性の問題なのです。
とはいえ、やはり美味しい料理に合わせるならいいワインを!というのもよく分かりますので、どういったお好みかをお聞かせください。ソムリエも、飲み手のご希望を一番大事にするものですので。
<参考書籍>
講談社〈モーニングKC〉 「神の雫(3)」 著:オキモト・シュウ 原作:亜樹 直