経験が先読みを可能にする
このコラムでは、私が見ているアニメを題材にすることが多いのですが、今回は『僕のヒーローアカデミア』をもとにコラムを書くことにしました。いつも通りネタバレの部分がありますので、観ていない人は読まないでくださいませ(笑)
さて、この『僕のヒーローアカデミア』という物語では、人類の8割以上が何らかの特殊な能力を持つような世界を舞台にしています。『何らかの力』とは本当にさまざまで、爆発を起こしたり、炎や氷を出したり、物を生み出したり、人を複製させることができたりとバラエティに富んでいます。
主人公であるデクもまたその1人なのですが、物語がしばらく進んだ時に、未来を先読みできるナイト・アイというキャラクターが出てきます。
ナイト・アイは、触れた人の数秒先から数年先の未来を見ることができる能力を持つのですが、そうして見た未来は、細かな点は変えられたとしても、結末は絶対に変えることができない、という設定になっています。
そして、ナイト・アイがデクに触れた時、最悪の未来が見えてしまいます。未来を絶対に変えることができないと分かっているため、ナイト・アイは絶望してしまいます。
しかし、デクは運命に抗い、先読みされた未来を変えます。超パワーを開放することで、変えられるはずのないものを捻じ曲げることができました。
それを見て、ナイト・アイは先読みした未来を変えられることに希望を持ったのですが、絶望状態のナイト・アイと同じことを、社会人経験が豊富な人こそしがちなのではと思いました。社会人経験を積めば積むほど先読みの力がついてくるからです。
先読みができるゆえに踏み出せない
若手の方からよく聞く転職理由の一つに、シニア・ミドルの方の事なかれ主義に嫌気がさした、というのがあります。こうした方がいいのではないか、こうしましょうと提案をしても受け容れて貰えず、変わらないといけないのに変わろうとしない上司たちの元で働いていても成長はないので転職をします、という話です。
私も最初の会社から転職をするとき、前時代的で変わろうとしない上位陣に愛想をつかして転職をしましたので、若手の方々の言うことがとてもよく分かります。
一方、確かにミドル、シニアと年次が上がれば上がるほど、新しいことをしたくない、変わりたくないという人が増えてきます。自分もまた、残念ながら若手の頃に比べて保守的になってきていることを感じています。
いまは変化を好まなくなってしまったミドルやシニアの方々も、若手の頃は、もっとこうした方がいい、ああした方が良いと言っていたことでしょう。
それなのに、社会人経験を経れば経るほどできることは増えてくるのに、多くの人が保守的になってしまう。これはなぜなんだろうとずっと考えていたのですが、この先読みの話で、ああ、これかと気付きました。
いろいろなことを経験すると、だんだん、こうすれば失敗する、こうすればうまくいかない、という予想ができるようになります。物事を始めるときや進めるとき、その予想をもとにあらかじめ手を打ち、大きな問題を未然に防ぐことができるようになることが、年長者の強みであると言えます。
ただ、それはともすると、新しいことに対してリスクばかりを考えてしまい、二の足を踏んでしまうということになりかねません。先読みの精度が高くなるのは素晴らしいことなのですが、それが結果として事なかれ主義に繋がってしまっているのではないかと考えました。
未来は変えられる
しかし、先読みはあくまで先読みに過ぎません。未来は変えることができます。ヒーローアカデミアでも、デクが先読みされた未来を変えます。
そりゃアニメだし、主人公がやられたらダメでしょ、という話ではあるのですが、先読みとは何かを考えてみると、特殊な能力というよりは普通の人にも備わっていく能力であり、それなら変えられるものだよね、と思いました。
もし、ナイト・アイの能力が『先読み』でなく『予知』、つまり、ナイト・アイの意識が未来に飛んで現実そのものを見せるものであるなら、そもそもちょっとしたことでも変えることはできません。
しかし、ナイト・アイは物語の中で明確に、細かいところは変えられると言っています。つまり、ナイト・アイの能力は予知ではなく、あくまで未来に起こるであろうことを先読みする能力である、と考えることができます。
先読みは、経験・能力・情報の3要素を掛け合わせることで実現できるものです。実際、ナイト・アイはとても優秀な人物で、観察力、情報収集力、判断力、実行力のいずれにも長けています。そのレベルは業界でもトップクラス、経験も豊富であることから、精度の高い先読み力が獲得できたのではないかと思うわけです(子供のころから未来を確実に見通せたかもしれませんが・・・そこは置いておいて)。
では、なぜナイト・アイがそれまで完璧に先読みしていた未来をデクが覆すことができたのかというと、ナイト・アイが、デクの隠されたポテンシャルを計り切れなかったことにあるのではないかと思っています。
如何に観察力や情報収集力に長けていたとしても、見えないものを想像して先読みをすることは、いくら経験を積み重ねていても難しいものです。逆に、経験豊富でたくさんのことを見てきている人ほど、目の前の現実をパターン化してしまい、隠されているものを見落としてしまいがちです。
ミドルやシニアの方々は、能力が衰えているのではなく、むしろ能力が高くなっているために、先読みの精度が高くなっていることが考えられます。そして、考えたことが大体そのまま現実になる、という実体験が蓄積されていくため、先読みされた未来が暗いものである場合、行動しない、といったことになるわけです。
加えて、周囲もまた、あの人が言った事は実際に起こる、あの人の先読み能力は完璧だ、と思うようになり、その人自身も、自分の先読みの力を更に信じるようになります。
しかし、ここで見落としてはいけないのは、本当に十分な情報収集ができているかどうかです。想像を超えるアイデアや、想像を超える力を持った人材が出てきたときは、既に先読みの精度が高くない状況になっている可能性があります。
にもかかわらず、自分の先読み力に自信がつきすぎると、自分の先読みの精度が低くなっていることに気付かず、新しいことや挑戦的なことへの一歩を踏み出すことができなくなります。それが、ミドル・シニア層が事なかれ主義になってしまう原因であろうと考えました。
やってみよう!と言ってみよう
確かに、自分よりも20歳も30歳も下の人たちが出すアイデアの多くは雑なものであることは事実です。そのため、話を聞いても先読みができてしまうために、それはきっと失敗するだろう、やっても意味がないだろう、と思ってしまうことも多々あるでしょう。
しかし、その時に一度立ち止まってみて考えて欲しいのです。先読みした未来は、本当に全てを感じ、捉え、考え尽くしたうえで出てきているものなのか、自分が知らない前提が隠れていないか、先読みの精度が低くなってはいないか、ということを。
私も、気づけば社会人になってから20年が過ぎました。そのために、私もまたいろんなことが考えることができ、リスクをたくさん思いつくようになってしまいました。それは事業を持続していくためには欠かせない能力ではあるのですが、それが足かせになってしまっている側面も否定できません。
自分が先読みした未来は、どれだけ精度を高めたとしても絶対ではなく、あくまで様々な可能性のある未来の一つにしかすぎないことを自覚し、これをやりませんかと提案されたことを、時には思い切って採用する勇気を持ちたいと思います。
これを読んでおられるみなさまも、もし心当たりがあるなと思われたようであれば、周りの方々の言う事に耳を傾け、時には『やってみよう!』と思い切った決断をして頂ければと思います。
<参考書籍>
集英社「僕のヒーローアカデミア」堀越耕平 著