1999年の創業以来、モバイルゲーム「Mobage」からeコマース、オークション、旅行、ニュースサイト、さらには遺伝子検査やカーシェアリング、無人運転バスに至るまで、幅広いインターネットサービスを展開しているDeNA。そうしたサービスのインフラを支えているのが、同社のIT基盤部だ。日々、膨大なトラフィックを捌く同部は、業界でも指折りの技術力を持つインフラのプロフェッショナル集団として認知されている。
そんなDeNAのIT基盤部は、どのような考え方で運営されており、エンジニアたちはどのように働いているのか? さらに、同社では最近、OpenStackやSDxを活用した次世代インフラ基盤の構築・導入を進めているが、その意図はどこにあるのか? 同社のインフラ構築・運営を創業期から牽引するIT基盤部部長の小野篤司氏に、SE出身でシステム全般に深い知識を有するリーベルのコンサルタント・鈴木裕行がじっくり話を訊いた。前・中・後の3編にわたってお届けする。
プロフィール
- 株式会社ディー・エヌ・エー
システム&デザイン本部
スマートハードウェア事業室 室長 兼 IT基盤部 部長
小野 篤司 氏 - 2004年DeNA入社。一貫してシステム基盤管理に従事しソーシャルゲームをはじめDeNAの数多くの事業で高トラフィック、高可用システム設計・運用を実施。
aws東京リージョン開設以前からのクラウド利用推進や、2011年の震災時にはactive-activeなディザスターリカバリー構成の設計なども行う。
近年ではSDxを用いたprivate cloud環境の導入など中長期的技術施策に取組む傍ら、スマートハードウェア事業室を立上げ、技術部門による事業創出も行っている。 - 株式会社リーベル
取締役 コンサルタント
鈴木 裕行 - 沖電気工業(OKI)にて、官公庁を中心とした要件定義・企画構想からインフラやネットワークの構築、アプリケーション開発などを担当。一貫してマネジメントに関わった後、2012年からリーベルへ参画。マネージャー人材やインフラエンジニアなど、IT業界に特化した転職支援を実施している。
創業当時のコアメンバーがほぼ全員残っている
鈴木:今日はお忙しいところありがとうございます。早速ですが、まずはDeNAのIT基盤部のミッションを教えていただけますか?
小野氏:はい。DeNAにはシステム&デザイン本部というデザインと技術部門を集めた本部があり、IT基盤部はその中の1部署です。他にセキュリティに特化した部署や、AI技術に特化した部署などがある中で、IT基盤部は主にサーバやネットワークといったインフラの設計や運用管理を担当しています。
IT基盤部の前身というか、サーバやネットワークを運用管理する部署は、創業以来存在していて、コアのメンバーもほぼ全員残っています。僕はそこに、創業から5人目に入ったメンバーなんですが。
鈴木:5人目ですか!
小野氏:ええ。その当時にいた人間で、辞めたのは1人だけで。3年くらい前まで、残りの4人はずっとインフラまわりを担当してきたんです。そのうちの1人は、今、セキュリティ部という別の部署を立ち上げて、そこの部長をやっています。
創業当初は、DeNAはEC事業しか行っていませんでしたが、徐々に多角化が進んできて。我々は基本的にはそれらほぼ全ての事業に関わりつつ、ずっと一貫してサーバやネットワークの設計・運用管理を行っています。
鈴木:なるほど。DeNAさんのIT基盤部の特徴として、今お話があったように、御社が展開しているEC、ゲームなど全てのサービスのインフラを横串で見ている、という点が挙げられると思うのですが。
小野氏:そうですね。例えばDeNAトラベルのような、弊社が買収した子会社ではそのまま独自の運用をしているケースもありますが、本社で立ち上げた事業については、ほぼ100%、我々がインフラを担当しています。ただ、弊社も今、2500人程度の規模になってきて、その中にはインフラ運用も含めて自分たちでやりたい、という人もいますので、そういうところにはお任せするケースも出てきていますね。
鈴木:そのあたりはフレキシブルに、というわけですね。
コスト重視の姿勢は創業当初から変わらない
鈴木:一方で、サービスの立ち上げ・運営を行う事業部と、小野さんたちIT基盤部の関わり方はどのようなものなのでしょう? 事業部からリクエストがあって、それにIT基盤部が応える、という形で進めていくのですか?
小野氏:そうですね。最初に事業部のほうから、「こういう事業を立ち上げたい」という話があって、そこからスケジュール感を含め、ざっくりとしたアーキテクチャーの話をします。ただ、Webサービスの場合は、そんなに毎回千差万別ではなく、ある程度パターンが決まっているので、アーキテクチャーについてそんなに議論になることはないのですが。
鈴木:ECから始まって、事業・サービスの多角化が進んでいく中で、インフラに求められることは変わってくるものなんですか?
小野氏:細かいところではいろいろあっても、本当に重要なところ、ベーシックなところは変わっていないと思いますね。
鈴木:その本当に重要な、ベーシックなところとは、どのような点なんでしょう?
小野氏:大きく2つあります。
1つは、「開発する側に、サービスの中身についてだけ考えてもらえるようにする」こと。弊社の開発部隊は、「サービスを考えて企画する人」と「その指示に基づいて作る人」というふうに分断されているわけじゃないんです。エンジニアがサービスの中身も考えつつ自らコーディングしていくのがベーシックなスタイルなんですよ。なので、開発者には、考えることに時間を使ってほしい。それ以外の、システムの運用や設計に関わることについては、僕らが全部巻き取って面倒を見ます、ということですね。
鈴木:「巻き取る」、ですね。なるほど。
小野氏:もう1つは「コスト」です。
鈴木:コストとは、ちょっと意外な気がします。
小野氏:ええ。弊社はそもそもベンチャーで、私なども会社がすごく小さな頃からやってきているので、ある意味、1円でも10円でもムダにしないようにという意識が染み付いているんです。だから、技術について、「なんだか流行っているみたいだからとりあえず使ってみよう」みたいなことはまずありません。全くコストゼロでやれるならいいですけど、実際は検証するにも人件費がかかりますし。そのへんのコスト感覚については、弊社ではかなり徹底した意識があると思います。とはいえベンチャーなんで、コストを意識しつつ、いかに速くやるかも重視しますが。
鈴木:そのあたり、少し意外な感じがしました。DeNAさんというと、とにかくどんどん新しい技術を入れてシステムの性能を高めているイメージだったんですが、もちろんそれはあるにせよ一辺倒ではなく、しっかりコストとのバランスを考えているんだなと。
小野氏:そうですね。私は2004年に入社したのですが、当時のDeNAは収益的にはまだ厳しい段階だったんです。だから社内でコスト意識がかなり強かったんですよ。それこそ社外に出る人も、タクシーをなるべく使わないようにしようとか。ベンチャーって普通そうだと思うんです。それがそのまま拡大していったんで、感覚はあまり変わっていないですね。
次世代インフラ基盤の構築にOpenStackやSDxを活用したのはなぜ?
鈴木:それでは続いて、技術についてのお話を伺いたいと思います。御社では昨年からOpenStackやSDxを活用した次世代インフラ基盤の構築・導入を始めていると聞いています。どういう理由で導入に至ったのか、経緯を教えていただけますか? 先ほど、「コストを重視していて、新しいものにすぐ飛びつくわけではない」とのお話だったのに対して、なぜそうした最新の技術の採用を決めたのか、ということも含めてお願いします。
小野氏:こういうものを導入しようとした発想も、そもそもコストから来ているんですよ。
鈴木:そうなんですか。どういうことでしょう?
小野氏:今、インフラ基盤を構築しようとしたら、オンプレミスの環境とパブリッククラウドの環境の比較になりますよね。どちらがいいか? と考えた時に、当社の場合はオンプレミスのほうがコストがまだ安いと判断したんです。
鈴木:なるほど。世間からは、AWSとかマイクロソフトのAzureのようなパブリッククラウドのほうが感覚的に安いとも言われていると思うのですが。
小野氏:そこなんですが、僕は実際、オンプレミスよりパブリッククラウドのほうが安いと言う人と、直接会ったことがほとんどないんですよ。どういう試算で安くなるのか、ディテールまで訊いてみないとわかりませんが、弊社の試算ではそうみえています。
鈴木:そうなんですね。
小野氏:ただ、パブリッククラウドには、いろいろなものをソフト的に扱える便利さはありますよね。またスモールスタートがしやすかったり、海外へのサービス展開の敷居も低くなるといったメリットもあります。弊社でもオンプレだけで運用しているわけではなく、色々な観点で環境選択していてパブリッククラウドもかなりの規模で運用しています。ただその時点での見立てとしてオンプレもしばらく残るのは間違いないだろうと考え、だったらオンプレミスの環境でも単なるVM化ではなく、もう少しインテグレーションされた、クラウドライクな環境があったほうが、我々が作業する際も仕組み化しやすいし、作業効率も上がるのではないかと。そこでオンプレミスのクラウド化を考えたのが、次世代インフラ基盤の導入を検討し始めたそもそものきっかけです。
鈴木:そうでしたか。
小野氏:その際、OpenStackやCloudStackなどいくつか候補があったんですが、最初に検討した時には、どれも単純にcomputeリソースをサーブするだけの仕組みしか持っていなくて。それだったら僕らにはもうすでに、2008年か2009年頃に内製して使っていたツールがあったんです。
鈴木:それは取り組みが早いですね。
小野氏:ええ。MBGAクローン、略してモバクロと呼んでいるものなんですが。それを使えば、V2V(バーチャルトゥバーチャル)、V2P(バーチャルトゥフィジカル)、P2P(フィジカルトゥフィジカル)などあらゆるパターンに対応してOSのイメージをコピーし、展開することができます。
だから、単にサーブするだけならこれでいいんじゃないと。そのほうが、自分たちの開発したツールなんで、好きにいじってありとあらゆることがやれましたし。それと比べて、当時のOpenStackはものすごく構造が複雑で、使うメリットが感じられなかったんです。
鈴木:なるほど。
小野氏:ただ、その後、徐々に業界的に淘汰が進んで、OpenStackがほぼデファクトになってきました。となると、ハードウエアメーカーも、OpenStackに対応した製品を出してきて。
鈴木:エコシステムが出来てきたわけですね。
小野氏:ええ。そうした中で、SDNやSDxといったものが謳われるようになってきた。そういう流れを見て、次世代インフラ基盤を再度検討した時に、これなら単純にcomputeリソースをサーブするだけでなく、ネットワークやストレージのインテグレーションもできるし、モバクロよりもっと高度な管理ができるなと。また、内製のシステムをメンテナンスし続けるより、オープンなもので代替したほうがメンテナンスコストも下げられる。これなら使う価値があるということで、OpenStackの導入を決めたわけです。
鈴木:なるほど、そういうわけですか。
ライター プロフィール
- 荒濱 一(あらはま・はじめ)
- 1971年、東京生まれ。上智大学文学部教育学科卒。高校教諭、タイ・インドでの広告代理店勤務を経て、1998年からライターとして活動を開始する。現在、ビジネス(特に人材・起業)、IT/デジタル機器、著名人インタビューなど幅広い分野で記事を執筆するほか、広告コピー分野でも活躍。
- ◇主な著書
- 『新版 結局「仕組み」を作った人が勝っている』(光文社)(高橋学氏との共著)
『新版 やっぱり「仕組み」を作った人が勝っている』(光文社)(高橋学氏との共著)