増えてきた賃金アップ事例
春闘の時期を迎え、今年は例年に増して賃金アップの報道をよく見るようになりました。大手を中心として労働組合からの要求に満額アップで応える例が相次ぎ、異例と言われるほどです。
人事制度の見直しはこれまでも度々潮流がありましたが、どちらかというとキャリア制度に関するものが主でした。スペシャリスト向けの評価制度などを用意し、特定スキルの人材を社内で抱えられるように制度設計を行ってきたのがここ数年の動きでしたが、それとは異なり年収そのものに手を入れたベースアップの動きが今年は強くなっています。
賃金アップなどの労使交渉については、日本では製造業が主たる推進者となって行われてきました。それが今年は流通業や小売業にも広がっているのが特徴と言われています。また業績は赤字でもベアアップに踏み切る企業も出てきており、ここ数年とは明らかに違う傾向になっています。
この一つに、インフレに対する動きという見方もあります。昨年から続いている原材料費の高騰に伴う物価上昇に対して、「インフレ手当」という名目で支給をしている会社も一部ありましたが、今回のベアアップが実質的にその役割を果たしているとも言えます。また政府から大手企業に対して強い賃上げの要請があったことも事実で、日本の取り巻く経済状況が一因となっていることは間違いありません。
ただ、賃上げの一番の狙いは加熱する人材確保競争の生き残りにあると言われています。
DXニーズの高まりと人材高騰化
企業にとって、人材確保は今や経営の生命線。死活問題となっています。優秀層だけに限らず、現場で汗を流す大切な働き手まで、あらゆるレイヤーで人材確保と定着が必須です。なので特定の専門知識を持つ一部人材向けの給与制度改革ではなく、社員全体へ対するベアアップが行われているのでしょう。少子化でこの流れはより強まっていくはずですが、言い換えるとそれだけ現場の生産性向上が必要とされています。目的は今やコストカットだけではありません。働き手不足を理由とした作業の効率化が求められ、それを人からシステムによって代替する仕組みが今の日本にはもっともっと必要なのです。つまり、今の賃金アップの流れはDXニーズと呼応する話だと言えます。
またIT業界で見てみると、リーマンショック直後の冷え切った採用市場からこの10年間で、採用は右肩上がりで拡大し続けています。ソーシャルゲーム人気やコンサルの急拡大などを経て、ここ数年はデジタルブーム。一言では定義し切れないデジタル人材という要件に対して、上流で企画が出来る人材から下流で手を動かす人材まで、あらゆるスキルセットを持った人材が重宝され、高水準でのオファーが増えて来ているのです。人手不足の時代において、デジタル人材の高騰化が進んでいます。IT人材にとっては転職がしやすい、今が絶好のタイミングと言えるでしょう。
大事なのは自身の市場価値向上
その一方で、経済状況は依然として不安定です。アメリカやヨーロッパで忍び寄る金融不安は火種として依然残っており、先行きの不透明さは昨年から確実に高まっています。何かのトリガーが引かれると国内の労働市場への影響も当然考えられ、労働市場としてもこの1年は気が抜けない状況が続きます。
こういった状況下における年収の高騰化に対しては、焦らずに長期的な視点で考えなければなりません。前述した通りデジタル化はバズワード的に取り上げられていて、バブルのような盛り上がりも見せています。
大事なのはデジタル化の中身です。短絡的な取り組みや誰でも出来る仕事ではなく、社会にとって真に必要なトランスフォーメーションをしているのか。その仕事をすることが、スキルセットとして良いものになるのか。この視点で冷静に見極める必要があります。
企業からのオファー年収は、あくまで一つの評価指標。今が高い年収だからと言って、未来永劫それが続くとは限りません。金額だけに一喜一憂しすぎることなく、大事なのは自身の市場価値を高めることです。ブームにのったスキルセットを身に着けるのではなく、長期的にキャリアを形成していくことを目指しましょう。