求められる主体的なキャリア形成
「自分自身のキャリアに対してより主体的に関わり、より良いキャリア形成ができるようになること」が求められる社会に変わりつつあります。個人が主体的に関わるということは、会社任せのキャリア形成でなく、「自分のこれからのキャリアをどうしたいのか」を考え、実現していこうとするものです。企業の人材に対する考えの変化や働く人々の多様性を背景として、これまでのように会社主導だけでのキャリア形成には限界があることから、個人の主体的なキャリア形成が求められるようになってきました。
主体的なキャリア形成への迷い
「自分の人生・キャリアなのだから、自分で考えるのは当たり前」と思える方もいらっしゃるでしょう。ですが、多くの方は「自分のキャリアは自分で考える」と言われることに一抹の不安や、見捨てられた感を持つのではないでしょうか。そもそも今までの会社主導のキャリア形成であっても、人は自分自身のキャリアについて「これでいいのだろうか」と迷ってきたのです。
私たちのキャリアは働く場があって初めて形成されますので、主体的にといっても自分を必要とする場所がなければキャリア形成はできません。今まで以上に主体的にという中には、「会社から期待されていることを理解し、それを実現しつつ、自分が歩みたいキャリアを形成していこう。そのどこかが難しい場合には、他社でのキャリア形成も視野に入れよう。」というメッセージが含まれています。主体的なキャリア形成とは、とても複雑なものなのです。
そもそも人はキャリアに迷うもの
そもそも人はキャリアに迷う存在であることは、これまでにも多くのキャリア研究者が指摘しています。人は安定→不安定→安定というサイクルの中で生きているので、特に大きな出来事がなくても、定期的に「これでいいのだろうか」と迷いを感じる不安定な時期がやってくるのです。それに加え、仕事や職場がうまくいかない、想定外の異動となった、思ったような評価でなかった等々、様々なきっかけで自分のキャリアに迷うことになります。
迷うことは悪いことではない
迷うこと自体は悪いことではありません。迷う中で今後のキャリア展望や自分にとって大切なものが見えてきたり、「今はここで頑張るしかない」「会社を変わるのがベスト」といった覚悟ができることがあります。また、今まで考えていなかった新たな選択肢に気づくこともあります。
一切迷いを持たず、盲目的に「これでいいんだ」と思い込んでつき進むよりも、長期的に見れば、キャリア形成上のリスクテイクができることが多いでしょう。ですが、始終「これでいいのか」迷っていては、日々の仕事にミスが出たり、うまくいかなかったりといった支障がでかねません。
迷いを抱えつつ働く
大事なことは迷いを抱えながらも、状況に応じて迷いを一旦横におき、働くことができることです。「今は考えないで目の前の仕事に専念しよう」という迷いのオンとオフを使い分けられるようになることです。自分だけではそれができない時には、誰か信頼できる人に迷いを話すこともよいでしょう。「『話す』は『離す』」という言葉を残した著名な精神科医がいました。誰かに話すことで、迷いに振り回されていた自分を離れたところから見ることができ、「大したことなかった」「漠然とした迷いの正体が整理できた」といった状態になることができます。
サポートの上手な使い手に
この4月からキャリア・コンサルタントが国家資格化されました。これはキャリア形成が難しくなってきていることを背景として、キャリアに関する迷いや悩みをサポートする人材の能力・スキルの向上を目的としたものです。キャリア形成をサポートする人材の能力・スキルの向上と合わせて、迷ったときに彼らを利用する側もサポート提供者からの有効な情報とアドバイスの引き出すスキルを向上させましょう。
悩みも希望も具体的に
有効な情報とアドバイスの引き出すために必要なことは、漠然とした悩みや不満ではなく、悩んでいること、不満に思っていることを、なるべく具体的に伝えることです。希望についても同様です。具体的に伝えることができれば、相手もYES/NOを含めてアドバイスをしやすくなります。自分自身を知ることが主体的なキャリア形成のスタートです。主体的なキャリア形成の第1歩として、悩みを含めた自分のキャリアのこれまでとこれからの希望、を全く自分のことを知らない第三者にわかりやすく伝えてみてはどうでしょうか。
まとめ
- 主体的なキャリア形成が求められるようになる中で、私たちはこれまでよりも自分自身のキャリアに迷いを感じることが多くなる。
- キャリアに迷うこと自体は問題ではないが、いつも迷っていると日々の仕事に支障が出てしまう。迷いにオン・オフをつけられるようになろう。
- キャリア・コンサルタント等、キャリアについてのサポート源をうまく使いこなせるようになろう。その第一歩として、悩みを含めた自分のキャリアのこれまでとこれからの希望を第三者にわかりやすく伝えてみよう。
- 主体的なキャリア形成が求められるようになる中で、私たちはこれまでよりも自分自身のキャリアに迷いを感じることが多くなる。
- キャリアに迷うこと自体は問題ではないが、いつも迷っていると日々の仕事に支障が出てしまう。迷いにオン・オフをつけられるようになろう。
- キャリア・コンサルタント等、キャリアについてのサポート源をうまく使いこなせるようになろう。その第一歩として、悩みを含めた自分のキャリアのこれまでとこれからの希望を第三者にわかりやすく伝えてみよう。
「心理学から学ぶ ビジネスパーソンの新・仕事術」は、今回で終了とさせていただきます。長らくお付き合いいただきました皆さまに、心より感謝いたします。どうもありがとうございました。
筆者プロフィール
- 坂爪 洋美
法政大学キャリアデザイン学部 教授 - 慶應義塾大学大学院経営管理研究科博士課程修了 経営学博士。専門は産業・組織心理学ならびに人材マネジメント。主要な著書は『キャリア・オリエンテーション』(白桃書房、2008年)等。