管理職になる人の割合の低下
会社は従業員の仕事に対する意欲を様々な仕組みで高めようとしています。中でも代表的な仕組みが評価とそれに基づく昇進・昇格です。年に数回の仕事の成果や態度に基づく評価結果や、評価に基づく昇進・昇格のスピードに一喜一憂した経験をお持ちの方も多いのではないでしょうか。
多くの日本企業で働く人々にとって、長い間管理職になることは、1つの目標となってきていますし、同時に「当たり前のこと」と捉えている方も少なくないでしょう。しかしながら近年、管理職になる人の割合は低下する傾向にあります。管理職になる割合が最も高いと考えられる大卒男子50〜54歳でもその比率は長期的に低下する傾向にあり、1990年台半ばまでは50%を超えていたにもかかわらず、2013年には40%を切っています。
割合の低下が突きつける課題
管理職になる人の割合が半数を切っているという現状は、昇進・昇格によって、従業員の仕事への意欲を引き出すという仕組みが限界にきていることを会社に突きつけています。同時に、働く私達にとって、管理職ではない形でミドル期以降(40歳代以降)のキャリアをどう形作るかという課題をつきつけます。
管理職以外の多くの人々が仕事を通じて会社に貢献しています。一方で、管理職等の役職についていないミドル期以降の人々に対して、「仕事に対してやる気が感じられない」「働かない」といった批判的な視線が向けられる場面が多いことも事実です。
管理職と管理職以外での違い
働く人々を対象として実施された調査をみていくと、ミドル期以降の同年代で比較した場合、管理職である人々の方が管理職ではない人々よりも、より働きがいや働きやすさを感じているという結果が示されています。また、管理職である人々は、管理職ではない人々よりも、仕事を通じて成長を実感しているという結果も示されています。
このように見ていくと、ミドル期以降に管理職であることには、(1)働きがい、(2)働きやすさ、(3)成長実感等、多くの利点があると言えます。見方を変えれば、管理職でないことには働く私達にとっても多くの困難があると言えるでしょう。
何が違いを生むのか
これらの違いは何によって生じているのでしょうか。色々な理由が考えられますが、ここでは「管理職になることがもたらす経験」にフォーカスをあててみたいと思います。すなわち、私達は管理職になることで得られる経験を通じて、より働きがいや働きやすさ、成長実感をより認識するようになるのではないかということです。
私が「管理職になることがもたらす経験」に注目する理由は、管理職にならなくても、管理職になることによって得られる経験を別の形で補填できれば、たとえ管理職にならなくとも、ミドル期以降のキャリア形成において個人が途方に暮れたり、仕事に対する意欲を失うといった事態が軽減されるのではないかと考えるからです。
管理職になることがもたらす経験
管理職になることがもたらす経験には、より影響力の大きな仕事を担うことでの社内における自分の存在意義の実感、収入の増加、期待されていることの実感といった側面がありますが、同時に、新たな知識・スキル・態度を獲得するきっかけ(=ストレッチ経験)、今までの自分を振り返るきっかけ(=内省経験)という側面があります。
ミドル期以降になると、会社や仕事に対する経験が蓄積され、慣れができてきます。慣れること自体は悪いことではないのですが、「今のままでいい」「今のままがいい」といった現状への固執につながることがあります。管理職になるという経験は、新しい役割で求められる成果を出すべく、「今を変える」「自分を変える(変えざるをえない)」ことを私達に求めます。
自ら経験を作り出す
慣れた職場では難しさもあるでしょうが、「今を変える」「自分を変える」ことは管理職にならなくともできる経験です。自分にとって新しさがあることに取り組むことが初めの一歩になるでしょう。
例えば、転職をする、社内で異動をするといった大きな変化を求めることもひとつでしょう。それだけでなく、例えば今の仕事を今よりもっと良い形で進める、これまで話したことがない社内の人と仕事の話をするといった今日からできることを通じて、自分の行動を変えるきっかけとことでも良いでしょう。趣味など仕事以外のことでも何かを始めると、そこでの人間関係などを通じて今までの自分の考え方や行動のクセに気づくことができるでしょう。
管理職になることだけに頼らず、様々な方法で、自分にとって新しい経験を獲得し、その経験を通じて自分自身や環境を変えていくというサイクルを身につけることが、ミドル期以降のキャリアを充実させるきっかけとなります。
まとめ
- 管理職になることは今でも多くの人々にとってのひとつの目標だが、実際には管理職になる人の割合は低下傾向にある。
- 管理職は管理職以外の人々よりも、働きがいや働きやすさ、成長実感を持っている。
- 管理職ではない人々は、自分のキャリアを充実させる上で、ストレッチ経験や内省経験の場を自分で作り出していくことが求められる。
筆者プロフィール
- 坂爪 洋美
法政大学キャリアデザイン学部 教授 - 慶應義塾大学大学院経営管理研究科博士課程修了 経営学博士。専門は産業・組織心理学ならびに人材マネジメント。主要な著書は『キャリア・オリエンテーション』(白桃書房、2008年)等。