私達は、仕事に必要な能力・スキルをどうやって高めているのでしょうか。ほとんどの場合、私達は仕事に必要な能力・スキルは実際の仕事経験を通じて獲得しています。だからこそ、キャリア形成においては、良い仕事経験を継続的に積めることが大事になってくるのです。
一皮むけた経験
では、どのような仕事経験がより私達の能力・スキルを高めるのでしょうか。「自分の力がぐっと伸びた仕事経験、自分が大きくジャンプアップした経験」は「一皮むけた経験」と呼ばれています。
この「一皮むけた経験」に該当する仕事経験には、「入社初期段階の配属・異動」「初めての管理職」「新規事業・新市場のゼロからの立ち上げ」「海外勤務」「悲惨な部門・業務の改善と再構築」「ラインからスタッフ部門・業務への配属」「プロジェクトチームへの参画」「降格・左遷を含む困難な環境」「昇進・昇格による権限の拡大」などがあると言われているといます。
私達の能力・仕事を大きくジャンプアップさせる経験には、「今までとは異なる仕事経験」「新しい経験」「困難な経験」といった共通性があるようです。
一皮むけた経験がもたらす成長
では、「一皮むけた経験」は何故、私達を大きく成長させるのでしょうか。それは、「一皮むけた経験」の中に、気づきなど大きな変化をもたらすきっかけが含まれていたり、大きな苦労をもたらす困難や大変さが含まれているからです。
例えば、「初めての管理職」経験を通じて、部下を指導するためのコミュニケーションの話し方やタイミングについて考えるようになったり、部下を指導することの難しさを痛感するということです。困難な場面に対処することは、新たな能力の獲得や、新たな人間関係を構築していく機会となると同時に、それまでの自分自身の考えや行動を変えていくきっかけとなります。
一皮むけた経験に含まれる修羅場的要素
「一皮むけた経験」で、今までのやり方が通じなかったり、自分が否定されるような感覚を持つことも少なくなりません。前述した「初めての管理職」の例で説明しましょう。「顧客に対しても、問題点をはっきりと伝えるストレートさ」が自分のコミュニケーション上の強みだと捉えていた営業マンが昇進し、課長になりました。ところが上司として「ストレートに」部下に問題点を伝えた所、猛反発を受け、課としてのまとまりがなくなってしまったとします。
自分の強みが弱みとなり、人間関係がこじれ、課長としての資質を疑われる事態となってしまったのです。こういった時、私達は混乱し、自分に自信がなくなったり、周囲に対して攻撃的になったりします。「一皮むけた経験」にはそのような「修羅場的要素」が含まれるのです。
修羅場的要素はいつも人を成長させるのか?
「一皮むけた経験の中にある仕事の修羅場的要素が人を成長させる」というストーリーは私達にとって親和性がある考え方です。私達が自分の成長経験を振り返る時、そこには苦い思い出や大変だった当時を懐かしむ感覚があるのではないでしょうか。
ですが、間違ってはいけないのは「大きな困難や苦労を経験すれば、必ず人は成長する」わけではないということです。例えば、「毎日が修羅場のような職場にいる社員は必ず大きく成長するのか?」と聞かれれば、答えはNOです。
「一皮むけた経験」が成長につながるためには、「一皮むけた経験」が成長につながるための土台が必要なのです。どのような経験をしたら(させたら)、成長するのだろうかを考える時、経験内容だけに注目するのではなく、「一皮むけた経験」の背後にある土台にも注目することが大事になります。
一皮むけた経験を生み出す人間関係をつくろう
「一皮むけた経験」がもたらす修羅場の中で、新しい気づきを得て、新たな行動を起こし、能力・スキルを獲得するためには、何が必要でしょうか。もちろん人によって異なる部分もあると思いますが、共通するものとして、社内の人間関係を挙げることができます。「アドバイスをくれる」「相談にのってくれる」といった積極的な人間関係だけでなく、「どこかで自分を見てくれている人がいる」といった人間関係も含まれます。
「そんな人はいない」という方もいらっしゃるかもしれませんが、もう一度自分の周囲を振り返ってみる、これまで苦しい時に助けてくれた人を思い出してみるなど、ご自身の周囲にある「私の一皮むけた経験」を助けてくれる人間関係を整理してみませんか。
まとめ
- 私達の仕事上の能力・スキルは主に仕事上の経験を通じて高まり、特に能力やスキルをジャンプアップさせる経験を「一皮むけた経験」と呼びます。
- 「一皮むけた経験」を経験している最中、私達は、混乱したり、自分に自信がなくなったり、周囲に対して攻撃的になることがあります。
- 「一皮むけた経験」が大きな成長につながるためには、「一皮むけた経験」がもたらす困難や苦痛をサポートする人間関係が必要です。ご自身の周囲にある「私の一皮むけた経験」を助けてくれる人間関係を整理してみましょう。
筆者プロフィール
- 坂爪 洋美
法政大学キャリアデザイン学部 教授 - 慶應義塾大学大学院経営管理研究科博士課程修了 経営学博士。専門は産業・組織心理学ならびに人材マネジメント。主要な著書は『キャリア・オリエンテーション』(白桃書房、2008年)等。