この会社に居続けようと思う気持ちはどう変化するのだろうか?
毎年、授業の1コマで学生に出している問いがあります。具体的には「あなたはある会社に新卒で入社しました。あなたが『この会社に居続けたい、この会社の一員であり続けたい』と思う強さは、入社から10年目までを範囲とした場合、どのように変化すると予測しますか」というものです。
問いに対する答えとして、縦軸に会社に居続けたいと思う程度、横軸に就職してからの年数をとって、線を描かせます。みなさんはご自身の経験を振り返ってどのような線を描くでしょうか。
入社前と入社後では大きな違いが
毎年学生たちが描く線には共通性があります。それは入社直後からしばらくの間は右肩上がりの線となることということです。右肩上がりの角度がどの程度か、右肩上がりのピークが入社後何年目なのか、ピークを迎えた後どうなるのか、といった点はもちろんバラバラです。ですが、ほとんどの学生が入社直後から一定期間、右肩上がりになる線を描くのです。つまり、彼らは「入社した時点からどんどん会社に居続けたいと思う程度が高くなる自分」という未来を予測しています。
一方、多くの研究成果は、入社した直後からしばらくの間は右肩下がりになる、つまり「入社してから、その会社に居続けようとする気持ちは低下する」という結果を示しています。言い換えれば、入社前とは逆で入社直後が一番強くこの会社に居続けようと思っているということです。
期待がもたらす未来の自分への予測のズレ
新入社員が入社直後から大小様々な「こんなはずじゃなかった」を経験し、その後も「こんなはずじゃなかった」「もっと自分にあう会社があるのではないか」といった迷いを経験します。もちろん、学生達もこれから始まる社会人生活がうまくいくことばかりではないことを、知識としては知っています。ですが、新入社員は「でも自分は違うんじゃないか」といった自分自身への自信を含めて、自分の未来の予測には、様々な期待が入り込みます。
そして、期待はほとんどの場合、自分にとって良い方向へと膨らみます。特に自分にとって新しい経験や転機(就職、転職、進学、結婚など)では、新しい場面について知らないことが多い分、期待が膨らんでより良い方向へと予測がふれることになります。
予測と現実とのギャップが生むもの
予測に期待が入り込むほど、現実とのギャップが大きくなり、ギャップが大きくなるほど、「こんなはずではなかった」という思いが強くなり、不安や怒りといった良くない感情が喚起され、落ち込んだり、周りの人にあたったり、会社を退職したりといった行動がとられやすくなります。
期待と現実とのギャップへの2つのタイプのあがき方
期待と現実のギャップはつらいので、人はギャップに直面するとこの状況をなんとかしなければと考え、様々な形であがきます。あがくことは悪いことではなく正しい反応ですが、同時にどうあがくかがとても大切です。
人のあがき方は大きく分けて2つあります。具体的にはギャップを埋めようとするあがきと、ギャップがもたらす嫌な気分を取り除くあがきです。「上司との相性が悪くて、頑張りが評価されずに昇進で後れを取っている」という場面で考えてみましょう。期待は「昇進で遅れないこと」であり、現実は「昇進の遅れ」です。こんな時、人はどうあがくでしょうか。
ギャップを埋めるあがきには、昇進の遅れを取り戻すべく、(1)上司にかけあう、(2)他の人に相談する、(3)今まで以上に頑張る、といったことが含まれます。一方、(1)友人と飲んで愚痴をいう、(2)買い物やスポーツで発散する、というのがギャップがもたらす嫌な気分を取り除くあがきです。
2つのタイプのあがき方を使い分ける
ギャップをすぐに埋められそうな場合には、ギャップを埋めるあがき方が適切ですが、ギャップがすぐに埋まりそうもないにもかかわらず、ギャップを埋めるあがき方をし続けることは消耗するだけです。そのような場合には、ギャップがもたらす嫌な気分を取り除くあがきが有効になります。大事なことは、ギャップを感じている場面によってあがき方を使い分けることです。
まとめ
- 私たちは将来を予測する際に、「そうだったら良いな」という期待だけの予測を立ててしまいます。
- 就職や転職、結婚といった新しい経験や転機では期待は現実との大きなギャップに遭遇することになります。
- 期待と現実とのギャップに対してあがくときには、そのあがき方がこのギャップにとってベストだろうか、というあがく自分を上から眺める自分を持ちましょう。
筆者プロフィール
- 坂爪 洋美
法政大学キャリアデザイン学部 教授 - 慶應義塾大学大学院経営管理研究科博士課程修了 経営学博士。専門は産業・組織心理学ならびに人材マネジメント。主要な著書は『キャリア・オリエンテーション』(白桃書房、2008年)等。