なぜ求人票は35歳までなのか
転職エージェントを訪問し、求人票を貰うと、35歳までというものをよく見かけると思います。
厳密に言えば、求人を出す際に年齢制限をするのはNGであり、あくまでスキルベースで選考すべきとなっているのですが、実際は35歳までという求人が多数です。それはなぜでしょうか。
表向きの理由は「技能・ノウハウの継承の観点から、特定の職種において労働者数が相当程度少ない特定の年齢層に限定し、かつ、期間の定めのない労働契約の対象として募集・採用する」であり、実際にそうだったりもするのですが、裏の理由としては、35歳を過ぎると精神的に成長が鈍化したり、止まっている方が増えてくるからです。
本来、経験と実績は、積み上げれば積み上げるほどよいです。それが豊富であるほど引き出しが多いわけで、そういう人が一人でも組織にいると大変心強いものです。そう考えると、理論上は、年齢が上がれば上がるほど経験豊富になり、転職市場での価値は右肩上がりになるはずです。しかし、現実的にはそうはなっていません。
その理由は、前述の通り精神的な成長の鈍化・停止・老化にあります。経験が豊富になればなるほど、目の前のことを過去の経験で理解し、経験で対処しようとするからです。
とある友人の話
先日、某大手メガベンチャーに勤めている友人と飲んできたのですが、今回のテーマである「老化」が話題となりました。
彼は、日本では誰でも知っているような超有名企業の中枢にいるのですが、いわく、トップの人たちはいまだに20年前の成功パターンに縛られているとのことでした。
主な話題はWebサービス戦略についてだったのですが、上層部の多くは「誰でもいいからとにかく会員を集めて、芸能人を参加させて話題を作り、CMや広告を打ってバズらせれば収益は増えるんだ」と考えているという話でした。彼が言うには、もうそういう時代ではなく、少数でもいいからターゲットとなるコアな人たちを地道に集め、「ここは俺たちのためのコミュニティなんだ」「俺たちが主役なんだ」というアクティブユーザーを増やし、その人たちがお金を落としてくれるようにすることで稼いでいく時代なんだということでした。ただ、上層部の方々は、2000年当時のインターネット黎明期の古い考え方に固執し、いまだにそれでうまくいくと信じ切って投資をし、結果として利益が上がってない、しかし、それを数字とともにいくら言っても全く理解して貰えないと嘆いていました。
では、その会社の経営陣には能力がないかというとそうではなく、むしろ世間的に見れば超優秀と言われる方々です。しかし、とにかくユーザーを集めればなんとかなるというやり方でこれまで成功を収めてきたがゆえに、いまでもそれが王道であると信じて疑わないようになってしまっているそうです。
その経営陣の方々は、一から会社を立ち上げてここまで会社を成長させてきた実績と自負があります。そして、確かにその実績は輝かしいものであり、事業の成長過程において獲得した経験も立派です。それはそれできちんと評価すべきものと思います。
一方で、現在に目を向けると、「前はこれでうまくいった→いま別のサービスで似たような状況にある→根本は同じなのでうまくいった方法をやろう」というロジックのもとで事業を進めており、「根本は同じなので」「うまくいった方法をやろう」という前提が間違っていることに気付いていません。時代が変わり、根本そのものが変わっているにもかかわらず、成功体験により根本が分かった気になってしまっているので、このようなことになっていると思われます。
根本がだんだん変わってきていることは、普通に生きているとなかなか気付くことが出来ません。たまに会う人だとその変化に気付き易いのに、毎日顔を合わせている人の変化や自分自身の変化にはなかなか気付けないのと同じです。しかし、その変化にどこかで気付かないと、変化に対応しなければという危機感が持てないので、結果として同じようにしかできない、つまりは成長力が鈍化していくのです。
そして、35歳の話にようやく戻りますが、責任ある仕事を30代から徐々に任され、実績が出てきて自信が付いてきたがゆえに、成長力の鈍化・停止・老化の傾向が出始めるのが、だいたい35歳くらいなのです。
とあるメーカーの話
この記事を書いている途中、たまたまあるニュースがネットで流れてきました。
某メーカーのプロモーションの話なのですが、ある新製品を発売するにあたり、広告代理店に相談をしたところ、「イメージ戦略」、すなわち、商品そのものの良さを宣伝するのではなく、イメージを宣伝することを勧めてきたとのことでした。
その企業のトップは「その製品の良さを宣伝しないでどうする」と一蹴したのですが、それでも経験豊富な広告代理店や周辺の関係者たちは、何とかしてイメージ系のCM制作を進めようとしてきたため、トップ自らがプロデュースしてCMを作り、結果、大成功を収めたそうです。
記事にはここまでしか書いていなかったのですが、このトップの方は、CMの位置付けとその効果について、過去と根本が変わっていることを正確に掴んでおられたものと思われます。
TV、ラジオ、新聞、雑誌といった、いわゆる4マス媒体が打ち出す広告からしか情報が得られなかった時代とは違い、ネットの普及により情報を自ら獲得できるようになり、消費者が昔に比べて格段に賢くなってきました。購買時も、イメージに惑わされる人は少なくなってきており、その製品の何がいいのか、コストパフォーマンス的にはどうなのか、という「購入すべき理由」を具体的に求めるようになってきています。
つまり、イメージCMで売れる時代はだんだん過去のものになりつつあるため、このトップの方のように、過去の成功に囚われずにいまを見て、いまの消費者に訴求できるCMを作ったことが成功の秘訣だったと思われます。
驚くべきは、このトップの方は60歳ということ。身体的な老化はあるものの、その精神は若く瑞々しいといえます。
思考が主、経験は従
では、経験や実績は役に立たないものなのでしょうか。決してそうではありません。経験・実績は生き抜いていくための強力な武器であり、前述の通り、積めば積むほど良いものです。ただ、何か事に当たるときに、思考するのを怠けて現在を見ず、「過去はこうだったから今回もこうだよね」と手を抜くことがダメなのです。
あくまで経験や実績は引き出し、武器、ツールにすぎず、戦うためにはまず現状を正確に把握し、ターゲットを確認し、どう攻略するかを、面倒臭がらずに毎回思考することが必要です。
私はドラゴンクエスト世代のため、それを使って比喩することがよくあるのですが、経験というものは「どくばり」のようなものと例えています(分からない方はここは読み飛ばしてください)。それは、力のない魔法使いであっても、一発で相手を仕留めることができる強力な武器です。一方、急所を外すことの方が多く、外した場合の攻撃力は最低で、ほとんどダメージらしいダメージをターゲットに与えることができません。
経験も、それが当たれば効果は絶大です。ただ、外す可能性が高く、本当にそれが使えるシーンでしかそのまま使えるものではないものと思います。
もちろん、このどくばりの例は極端な話であり、実際はそれなりに効果を発揮するものと思いますが、言いたいことは、どれだけ経験を積んだとしても、あくまで毎回思考することが大事であり、経験は従(使えるものはうまく使う)であるべきということです。
35歳からの生き方
人の成長と老化には個人差があり、一概にこの年齢になったからどうだとは言えないのですが、私がこの業界にいていろんな方とお会いして改めて思うことは、確かに30代中盤から後半にかけて、徐々に謙虚さがなくなり、人の言葉に耳を貸さず、経験に頼って生きている方が増えてくるように思います。
いまは売り手市場なのでそれでも転職ができたりしますが、景気が悪い時期はそういう方の転職は難しかったですし、これからまた景気が下向きになってきたときに、苦戦することになるかも知れません。
そのため、30代半ばになって、中堅として責任ある仕事を任され、成功体験を積み重ねたとしても、それで分かった気にならずに常に新しいことに取り組む姿勢を持ち、その都度自分の頭でどうすべきかを考えて事に臨んで頂きたいと思います。そうすれば、某メーカーのトップの方のように、身体的な老化があったとしても、精神的な若さや瑞々しさを保ち続けることができ、いざ転職となったときに、仮に求人票に35歳までと書いてあったとしても、あなたを迎え入れたいという企業がでてくるものと思います。