著者プロフィール
- 商社系SIerで約7年間基幹システムの運用に携わった後、1年半IT内部監査業務に従事。その後リーベルを介して監査法人に転職し現在に至る。IT監査人として卸売業、情報・通信業、建設業、製造業など幅広い業界で監査を担当している。
はじめに
私はSIerから監査法人に転職して以来、一貫してIT監査業務に従事してきました。その間、多くの一緒に仕事する仲間を迎え入れてきましたが、初対面の自己紹介の中で「監査は未経験ですが頑張ります」と挨拶される方が多いように感じています。つまり、ほとんどの方はシステムエンジニアからのキャリアチェンジとなり、初めて監査の仕事に携わるのです。
IT監査に興味を持たれている読者の中には、この馴染みのない職種に対してイメージが湧かない方もいるかもしれません。そうした点を少しでも解消し、IT監査に対して身近に感じてもらえるような有益な情報を提供出来たら良いと思っています。
第1章:会計監査と監査法人
会計監査とは
IT監査とは何かを述べる前に、会計監査とは何かを述べたいと思います。なぜIT監査がテーマにも関わらずはじめに会計監査について触れるかというと、一口にIT監査といっても数多くの種類の仕事があり、それが直接的にせよ間接的にせよ、なんらかの形で会計監査に関わっているためです。
さて、読者の皆さんは会計監査の目的についてご存じでしょうか。
会計監査の目的は端的に言うと「意見を表明すること」に尽きます。投資家や債権者は、企業の発行する決算書を参考にして株式を購入したり融資したりするため、決算書は信頼に足るものでなければなりません。投資家や債権者の保護を目的に、決算書の信頼性を保証する=「意見を表明すること」が監査人の仕事となります。同時に、そもそも会計監査は会社法、金融商品取引法をはじめ様々な法令によって企業及び団体に義務付けられています。
IT監査人は単独でシステムを監査することはありません。監査チームの一員として、会計監査人と協力し合いながら、主にIT統制監査の領域で財務諸表監査、内部統制監査等の監査業務を進めていきます。こうしたIT監査の業務については第2章で詳しく説明したいと思います。
監査法人とは
IT監査人の活躍するフィールドは多くの場合、監査法人となります。監査法人とは公認会計士法に基づき、会計監査を目的として設立される法人であり、その設立にあたっては公認会計士が5人以上必要とされています。
監査法人は規模に応じて、大手、準大手、その他中小と分類されており、日本における大手監査法人は、あずさ、新日本、PwCあらた、トーマツの4社です。この4社はそれぞれKPMG、アーンスト・アンド・ヤング、プライスウォーターハウスクーパース、デロイト トウシュ トーマツといった海外の大手会計事務所のメンバーファームとなります。
それぞれのメンバーファーム内では共通のブランド名を使用し、共通の価値観や事業戦略を持ち、共通の品質管理の方針及び手続を行うのが特徴です。グローバル展開する企業や大規模企業を監査するためには監査法人も相応のリソースが必要となるため、必然的に大手監査法人が監査対応することが多くなります。
- 有限責任あずさ監査法人(KPMGと提携)
- EY新日本有限責任監査法人(アーンスト・アンド・ヤング〈EY〉と提携)
- PwCあらた有限責任監査法人(プライスウォーターハウスクーパース〈PwC〉と提携)
- 有限責任監査法人トーマツ(デロイト トウシュ トーマツと提携)
監査を取り巻く環境の変遷
日本におけるIT監査の歴史を簡単に振り返ると、1990年代の企業のERPシステム導入に伴うIT利用度の高まり、2000年代前半の連結決算厳格化に伴う連結決算システムの導入、さらに2000年代後半の内部統制監査の開始をきっかけに、IT監査人の出番が増え、所属する組織も大きくなってきました。
また、2010年代には企業は複数のサーバやデータセンターで運用していたシステムを1つのクラウドサービスでまとめて管理するようになり、IT監査人はこれまでの財務諸表監査や内部統制監査のような制度対応に加えて、クラウドサービスの内部統制の有効性に対する保証業務も手掛けるようになりました。クラウドの他にもAI、ブロックチェーンといった新技術に対する第三者評価の仕組みは社会からの要請もあり、今後ますますの拡大が期待される分野でもあります。
他方、内部に目を向けても、これまで監査人による手作業により実施されてきた作業が新たな監査技法に置き換わってきています。会計業務は、ITの進化の中で、大量のデータを保持・活用する方向に変革が進んでいますが、このような状況の中で、監査においてもデータ分析を活用した新たな技法が生まれてきています。これにより従来の監査では活用されていなかったクライアントの財務・非財務データを分析し、監査人の経験則では捉えられない傾向を識別することで、効率的かつ効果的な監査が可能になりました。
また、次世代の会計監査業務として、ビックデータをAIに学習させることで従来の知見では導き出せないデータの関連性を提示することができるようになると予測されています。この分野でもIT監査人はサービスを提供する側として深く関わっています。
このように、監査を取り巻く環境は変遷を辿っており、今後も変わり続けることが予想されます。企業側も、これまでは情報システムの安定稼働のためのリスク管理が中心でしたが、今後はデジタル技術を活用した企業価値向上に重点が変わっていくものと思われます。
こうした中、IT監査人も従来の制度対応に留まらず、企業の重要なカウンターパートとして監査法人内の様々な知見を持った専門家と一体となって企業に対し付加価値を提供することが求められますし、その一端を担うことで会社の成長に貢献することはIT監査人としてのやりがいの1つでもあります。こうしたIT監査人の魅力については第3章で詳しく説明したいと思います。