第3章:IT監査に求められる資質と仕事の魅力
IT監査に求められる資質
ここでは、IT監査の求人に人材要件として記載されているビジネス文書作成力や論理的思考力、プレゼンテーション能力といった一般的なビジネススキルとは異なる切り口で、私が現場で必要と感じる、または他の活躍しているIT監査人に共通する資質について述べたいと思います。
□優れた吸収力
「勉強は好きですか?」これはとある監査法人の創立者が面接で尋ねた唯一の質問と聞いたことがあります。監査の現場では日々、企業の業務プロセスを理解し、準拠すべきマニュアルを読み込むことが求められます。さらに、IT監査人であれば企業のIT環境に加え、新しいテクノロジーが出てきた場合はそのキャッチアップも欠かせません。常にアンテナを張って貪欲に知識を吸収したり、より良い方法を取り入れたりする姿勢が必要となります。
□変化への対応力
社会情勢がめまぐるしく変わり、企業環境も変わっていくことにより、それに対応する監査も変化することは避けられません。身近な例では、COBIT-19の流行において仕事の環境がオフィスから自宅に変わると、自宅はオフィスと異なるリスクにさらされるため、監査におけるアプローチも変わります。また、監査が年々厳格化していく中で要求事項も増えていく一方です。変化することを当たり前と捉え適応する柔軟性が求められます。
□コミュニケーション能力
入社したての頃は、先輩の指示のもとで業務を遂行することが多く、コミュニケーションもIT監査メンバー内の狭い範囲に限られるかもしれません。ただ、経験を重ねるにつれ、監査チームの一員として、他の会計監査人や監査責任者と監査計画やITリスク等についてディスカッションする機会も増えてきます。また、対クライアントにおいても、情報システム部門や内部監査部門の担当者、管理者だけでなく時には監査役、CIOに対し提言する必要に迫られます。
□グローバル人材としての英語力
関与するクライアントが多国籍の場合、現地の監査人に向けて監査項目を記述したインストラクション(指示書)を送付する必要があります。内容はもちろん、関連するやり取りはすべて英語となります。また、作業の一部を海外のメンバーファームに代行してもらうこともあります。クライアントにはドメスティック企業も多いため、英語は業務上必須ではないかもしれませんが、自由に操れることで仕事の幅が格段に広がります。
主なところでは以上となりますが、最後にあえてITスキルについて記載しなかった理由についても触れておきたいと思います。
もちろん、システムエンジニアからの転職者はITスキルが問われますし、監査の現場でも生かすことができます。具体的には、インフラ領域であればクラウドの知識、データベース領域であればSQLの読み書き、アプリケーション領域であればユーザIDの権限管理やシステム開発等の知識です。
また、こうしたITの知識だけでなく、システム開発プロジェクトにおけるチームマネジメント経験、ITを通じたクライアントとのコミュニケーションも必ず役立ちます。更に、私の勤務先にはSAPやOracle EBSなど特定のアプリケーションに強いIT監査人がいますし、SME(サブジェクト・マター・エキスパート)として特定のテクノロジーに対し強みを持ち、テクニカルの観点で監査を支援するメンバーもいます。
しかしながら、ITスキルが高くないとIT監査に従事できないかというと必ずしもそういうわけではありません。実際、第二新卒として入社するITの経験が浅い人もいれば、会計監査人からIT監査人に転身して活躍している人もいます。すなわち、相対的にみると高いITスキルは必須要件ではない印象で、一つ目の資質としてあげた継続して学び吸収する力が何よりも重要なのです。
IT監査の魅力
いくつかあると思いますが、私からは二つに絞って述べたいと思います。
□スペシャリストとしての成長が可能
IT監査の業務は、その中にスペシャリストとして成長できる要素を数多く含んでいるように思われます。例えば、業務を通じて1つの企業のビジネスをITの視点で俯瞰してみることができます。
システムエンジニアとして業務していると、専門技術は細分化され、開発者は開発業務に、運用・管理者は運用・管理業務に特化する形で携わることが多いと思います。一方、IT監査では、業務を通じて情報システムの企画・開発・導入から運用・保守・廃棄までの各段階、および情報システムに関連する組織体制や業務手順、情報資産の管理状況まで全体的に把握することができるようになります。
また別の観点として、第2章でも触れましたが、IT監査人は1年を通じて10社から20社のクライアントを受け持ちます。その中で、反復により体で仕事を覚えることができるだけでなく、あるクライアントで得た学びを別のクライアントに適用することで監査スキルは日々磨かれていきます。こうした監査スキルの積み重ねが、IT監査人としての自らの価値を高めてくれます。
最後に、監査法人内では日々、監査スキルを向上させるためのプログラムとして研修や勉強会が頻繁に開催され、必要な知見を多くのメンバー間で共有する取り組みもあり、これらも個人のスキルアップを助けとなっています。このように、仕事を通じて自身の成長を実感できるというのは大きな魅力だと思います。
□ワークライフバランスの実現が可能
働き方改革が叫ばれて久しいですが、監査法人にもその波は確実に押し寄せていると感じています。IT監査の繁忙期は秋から翌年の春に掛けて続きますが、繁忙期における残業時間も年々減ってきており、私の勤務先も残業時間は36協定で定められる月間最大45時間をなるべく超えないように管理されています。
また、働き方で重要なのは残業時間だけではありません。入社したての頃は難しいかもしれませんが、経験を積むことで自分の意思で仕事の優先順位や進め方をある程度コントロールすることができるのも魅力です。
例えば、プライベートの用がある日は早めに切り上げて、他の日にその分頑張るというような配分も十分可能になります。また、制度面では介護や育児のための時短勤務制度が定着しており、女性が産休、育休を取得しても復帰しやすいためか、女性の活躍が多い職種という印象を持っています。
おわりに
これまで、IT監査人の仕事内容やキャリアパスなど、いくつかテーマを絞って述べてきました。第3章でIT監査の魅力を2つの観点でお伝えしましたが、何か専門性を獲得したいとか、もう少し稼働を下げてワークライフバランスを良くしたいというシステムエンジニアの方は少なくないと思います。そういう方が事業会社の社内SEになるケースが増えてきていると聞きますが、ワークライフバランスが良くなってもスペシャリストとしての成長ができなくなるのではないかと懸念されている方は、ぜひIT監査を考えて頂きたいと思います。
さて、自身の転職活動を振り返ってみますと、面接で聞かれた印象に残る質問が「キャリアチェンジしてまで当社で成し遂げたいことは何ですか?」という内容で、満足に答えることができなかったことが苦い記憶として残っています。恐らく面接官は中長期的なキャリアを聞くことで転職の「本気度」を確かめると共に、イメージを共有することでキャリアチェンジによる「ミスマッチ」を防ぎたかったのだろうと今になって思います。
IT監査へのイメージを高めるという意味では、取り掛かりとして第2章で取り上げた関連資格の内容を一読してみるのもよいかもしれません。このように、可能な限り情報を集め、しっかりと準備した上で次のステップへ進んで頂きたいと思います。本稿がその助けになりましたら筆者としてこれに勝る喜びはありません。